ふくしま ふるさとワーキングホリデー事業参加者から寄せられた体験談を紹介します。

「今の自分にできること」

 私は、国内でもワーキングホリデーができるということを、たまたま開いていたアプリの広告で知りました。もともとワーキングホリデーに興味があった私は、何も考えず、すぐさま応募しました。だから、勤務先が福島だったのは偶然であり、正直なところ大震災の被災地ということを忘れてしまっていました。2011年3月11日14時46分、この瞬間から福島の人たちがどんな思いで今を過ごしているのか、このワーキングホリデーを通してたくさん学びました。

 「あの日起こった東日本大震災は、過去形じゃない。現在進行形でこれからも続いていく。」語り部さんがおっしゃったこの言葉が、強く私の胸に突き刺さりました。東日本大震災は、人生初の大地震でしたが、幸いにも自分の周りは被害が全くなく、次の日からは普通の生活を送ることができました。その時すでに私の中では、東日本大震災は過去の出来事となっていたのです。しかし、「復興学びのツアー」に参加して、6年前にニュースで見た風景と同じ風景が自分の目に映り言葉を失いました。6年前「頑張ろう、日本」「頑張ろう、東北」という言葉が、あちこちで聞こえていたのに今は、まったくと言っていいほど聞くことはありません。だから、私はもう復興は終わったのだと思っていました。語り部さんの言葉と、福島の現状を目の当たりにしたとき、自分は今まで何をしてきたのだろうと思いました。そして、原発事故により自主避難している方々をいじめているというニュースを見て、福島の現状を知らないから、いじめることができるのではと思いました。

 そこで、今の自分にできることを考えてみました。私は、このワーキングホリデーを通して、福島県民の皆さんの温かさや強いつながり、地元愛を強く感じました。また、震災当時のことや福島の今を全く知らなかった私に、たくさん教えていただきました。言葉には表せない大きな何かを得られた気がしました。今の私にできることを考えたとき、自分が福島に再び出向き、福島の今をもっと全国各地の人に知ってもらえるような広告塔になりたいと思いました。6年たった今、自分が住んでいる関東では、なかなか被災地の情報を耳にすることはなく、メディアも取り上げません。SNSを利用して福島の今を発信すれば、多くの人に、現状を知ってもらい復興に向けて行動をしてくれる人が増えるのではないかと思いました。

 「頑張ろう、日本」。日本全体が復興に向けて協力しなければならないはずなのに、風化により、そのことが忘れ去られていると思います。自分もそのひとりでした。今回ワーキングホリデーを通して、本当にたくさんのことを得られました。6年たった今だからできること、自分だからできることを考え、今回の感謝を胸に福島の方々に恩返ししたいと思います。

埼玉県在住 女性


「ワーキングホリデーでの体験談」

 私はいま大学1年生です。高校を卒業してちょうど1年がたとうとしてきた大学1年の春休みのこの時期、周りの友達はサークルや部活などに打ち込んでとても充実した生活を送っているようでした。しかし私は、いったい自分が何をしたいのかわからず大学の授業のない日は、何か一つのことをやるでもなく過ごしてきました。高校までは忙しい運動部に入っていたのでわき目をふる暇もなく3年間が過ぎていったのですが「なんでもしていいよ、好きなことをしていいよ」と言われる大学生活の特に長期の休みに私は困ってしまいました。そこでボランティアでもアルバイトでもいいから何か新しいことを始めようと探し始め、このふるさとワーキングホリデーを見つけました。日常ではできないであろう住み込みでの地方のお仕事に魅力を感じ、2週間という期間もちょうどよくすぐに応募を決めました。いくつかの県が選択肢としてある中で福島県を選んだのは、やっぱり東日本大震災があったからです。一度は自分の目で見ておきたいと思ったのと、6年たった福島を、自分の記憶の中にある6年前のテレビの記憶と比べてどのように変化しているかを見てみたいと思いました。

 私がお世話になった山水荘ではほかのアルバイトの人たちと同様に扱ってもらい、昼間は主に客室の清掃、夜はお客様への夕飯の配膳と下膳を行いました。赤色の作業着を着ての仕事、社員寮での生活、館内の温泉には好きな時間に入ることが許されていることなど、普段の生活からは離れた日々。山水荘では入れ替わりでワーホリ受け入れであったため、1人ではありましたが楽しんで過ごしていました。そして私が2週間を楽しめた理由として最も大きくあるものが、周りの方々のあたたかさや優しさです。清掃の仕事の時は、私のおばあちゃん世代の方と仕事をすることが多く、きっちり指導はされながらも孫のようにかわいがって接してくれました。夜の仲居さんに混じっての配膳の時は、山水荘には若い仲居さんが多く、空き時間には会話を弾ませながらほぼ同世代の方が活躍している姿をみて圧倒されていました。働く方々がそれぞれの個性をだしながら笑顔の絶えないとてもよい職場で、夕食の時間には私も実際にお客様の前にでて仕事をしていましたが、わからないことや困ったときには、周りにいる方がすぐに声をかけてくれました。

 2週間の中で3日間お休みをもらいました。この3日間のうち1日はワーホリ参加者向けの福島県主催の学びのバスツアーに参加することは決まっていましたが、残りの空いていた2日間も山水荘の方のご厚意で、常務として働く若旦那さんの外での仕事について回らせてもらったり、他の社員の方で自分もちょうどお休みだからと車を出して福島県を案内していただいたり、1日も無駄にすることなく充実したお休みを過ごしていました。その2日間は密にお話することができ、大学生の自分へ経験を交えたアドバイス、その方の地元福島への思い、震災の時の体験など、たくさんのことを聞くことができました。

 私は山水荘で働いたことによって、実際に自分でお客様に食事、お酒の説明をすることが多いことから福島県の特産品についての知識が増え、気さくで優しい社員の方との会話から地元福島、特に土湯温泉地域の活性化に対する熱い思いやこれまでのその努力を多く聞きました。期間を終え家に帰ってからは、ワーホリでの仕事内容はもちろん、たくさん持たせていただいた福島県の魅力をひたすら家族に話していました。訪れたこともなく特に知らなかった福島県でしたが、いまでは福島県が大好きになり、ほかの季節にもう一度めぐりたいと考えています。

 さらに春休みの始まりに抱えていたまわりの人との生活の違いに感じていた焦りも、今回急遽決めたワーホリに参加したことによってまだ一つに決めなくても、目の前に現れたいま自分の興味のあることに一つずつ挑戦していけばいいという考え方に変わりました。これは今のままの自分でも旅館で働いたことによって多くの社員さんや宿泊に来られたお客様にまであたたかく接して、応援していただき、関東から少し出たところで今まで知らなかったことにたくさん触れたからだと感じています。私にとってはこの考え方を見つけられたことが今回ふるさとワーホリに参加して得られた一番大きなものだと感じており、大学2年生がとても生きやすく、充実したものになるような気がしています。

 このような経験をさせてくださった福島県の方々や実際に受け入れてくださった山水荘の皆さんには本当に感謝しています。

東京在住 女性


「ふくしまワーホリ体験談」~ワーキングホリデーを通じて得られたこと~

 私は福島銀行のワーキングホリデーに参加した。2週間のワーキングホリデーはすべてが楽しいものであり、大学生活のよき思い出となった。そこで、福島銀行での業務、寮などでの共同生活、そして学びのバスツアーから得たことを以下に記すこととする。

 普段の生活で私のような大学生が銀行を利用する機会は非常に少なく、アルバイトの給料の引き出し等でしか銀行を身近に感じることはない。しかし、今回の業務体験を通じて、銀行が地域と密接な関係にあることおよび銀行業務の多様さを肌で感じた。また、多くの行員の方と接する中で、人と触れ合うことの大切さおよび仕事に対する発想の転換方法を学んだ。自分が将来就職する際には、「無より辛苦」を念頭に置いて職業を選択したいと思う。加えて、地域の方々と密接に触れ合えるような、やりがいのある職に就きたいとも思えるようになり、就活に生かせるような業務体験となった。

 次に、他の学生との共同生活から学んだことを述べる。普段のアルバイトとは異なり、常に生活を共にしなければならないことからソーシャルスキルが磨かれたことはもちろんのこと、他人との比較から自分を見つめなおすことにもつながったと考えられる。また、仕事をする上では同僚となることから、話し方などのコミュニケーション能力およびプレゼンテーションスキルも磨くことができた。さらに、日常では知り合うことのなかったメンバーということもあり、人と出会うことの大切さも学ぶことができた。

 最後に、震災を学ぶバスツアーでは、復興に対する私たちの無力さを感じた。東日本大震災から6年が経とうとしているが、原発に近い地域ではいまだに手つかずの状態となっていた。ニュース等では、福島の話題をあまり耳にしなくなってきたが、実際に被災地を見てみることで、復興への難しさを感じた。こうした現状を見たことで、やはり風化させてはならないと心に誓い、そして、われわれが見たものを伝えていかなければならないと実感した。また、手つかずのままとなっている地域であっても、働いている人などがいたことから、引き続き支援を行わなければならないと考えた。さらに、私が名古屋出身であり、近い将来大震災に見舞われることが予想されるため、今回のツアーで学んだことを防災に役立てなければならないと感じた。

 以上が、今回のワーキングホリデーから学んだことである。また、すべての行程を通じて人の温かさを感じることができた。今度は観光で福島を訪れたいと思えたし、福島のことを忘れないでいようと思った。こうした有意義なワーキングホリデーとなったのも、参加してみようというチャレンジ精神があったからであり、今後も挑戦するということを怠らないようにしたいと思う。刺激的な2週間を提供してくださったヒューマニックおよび福島銀行の方々に感謝したい。そして、可能ならばもう一度くらいは、ほかの地域でワーキングホリデーに参加したいと思う。

東京在住 男性


「ふくしまワーキングホリデー体験談」

 もともと酒造りに興味があり、また東日本大震災以来、日々報道される福島県の日常が実際はどうなのか知りたくて今回、参加しました。会津若松市を拠点に全国、ひいては海外へも良質な日本酒とその酒文化を提供している末廣酒造さん。もともと福島といえばここと数に上がるぐらいのビッグネームだっただけに、自分がこちらで業務に携わらせていただくのは願ってもみないことでした。食の安全を一早く意識され、ホームページに原料となる水とお米の線量が問題ないことを示す数値を掲載されたのは震災翌月からのこと。酒を実際に造る「製造部門」よりも、出来上がった酒を瓶詰する「製品部門」に多く携わったこともあって、そこで厳格な基準に見合ったもののみが出荷されるのを目にしました。

 そして口にしたお酒の美味しさといったら!それはもうたまりません。

 働く方々は、この会津という土地に根差したプライドを持った方々ばかり。口々に遠い歴史のことを語ってくださいます。期間中、3月11日をはさんだこともあり、その時の体験談は皆さんがそれぞれ大変なものをお持ちでした。けれどもイメージしていたような、深刻で、立ち直れないダメージに苦しんでいる人の姿はなく、皆さんが元の日常を取り戻すべく、というよりもいまここに変わらない日常を生きることで元の暮らしを培って生きている。各々意識されているわけではないでしょうが、県外の人間の目にはそうした力強さ、背負った何物も払しょくして生きるたくましさを目にした思いでした。

 それでも勤める工場の近くには、楢葉町から移転してこられた方々の住まう仮設住宅が。会津若松市内にもところどころ同じ区画があるのを目にしました。復興も道半ば。すでに日常を取り戻された方もいれば、依然、それに届かないで苦しい思いをされている方々もいるようです。それはバスツアーで見た国道6号線沿いの現状にも言えること。柵で囲われ、フレコンパックが山積みになり、土がまるで埋葬されたかのごとく広くビニールシートに覆われてある。あちこちに設置された線量モニターには、年間に直すととても住むことのできない数値が表示され、そして津波が襲った請戸小学校。電柱だけが立った野っ原には人の言葉では語れない無念な表情が漂っていました。一端では生活を培いながら、もう一端ではとてもそれに及ばない、更地として残された現実があるのがいまの福島です。(事実、帰還が可能となっても帰ってくる人が一割程度という話を自治体の方から伺いました)それでもこの現実からしか出発できないとしたら、県外で暮らす自分は何ができるか。容易ではないものを他人任せにせず、どこででも原発を含めた災害は起こりうるここ日本で、人々がどう苦しみ、どう逃れ、どう踏みとどまり、そこからどう生きたか。語っていただいた話には、明日、自分がどう生きるか知ることのできる内容が詰まっていたように思います。災害体験は被害を受けた人だけのものではなく、身近に住む私たちが共有することで分断と無理解を超えることができるのではないか。そこに生まれる連帯を信じ、フクシマは日本の中の異地ではない、同じ陸続きの圏内として共に復興を支えていけるのが本当のところではないかと感じた次第です。「私たちは案外、普通に暮らしています。」「少しも悲観したりはしていません。」こうした言葉に支えられるのは逆に、災害に遭ったことのない私たちの方ではないのか。おこがましくも支えるなどというよりも、福島に支えられて復興してゆく今後の日本があってもおかしくないようです。そうした生の声を聞き続けたい。風評に流されることなく実際に耳を傾けることで生じる関わりと共感とを長く志していきたいです。

千葉県在住 男性


「職場、交流イベント、学びの場(バスツアー)や日々の生活を通じて感じた、福島の今」

 福島県南相馬市。野馬追が有名で、震災でたびたび名前を耳にしていたこの街に興味があった。職場である「ひばり菜園」では、サンチュやトマト、小ネギなどの水耕栽培を体験した。土臭く体力が求められるという従来の農業のイメージが、180度変わる非常に良い経験だった。作業終了後の心地よい疲労感のあと、宿泊施設「叶や」でいただく手作りの食事、同じくワーキングホリデーで福島に来た十人十色の同世代や叶やの方々との交流、震災バスツアー、振り返ると短期間だが非常に濃密な時を過ごせたことが改めて実感させられる。震災のことをストレートに聞くことはなかなか憚ることだと思われたため、バスツアーという機会で、津波と原発の二重被害を直接受けた福島県を様々な語り部の視点から聞けたことは非常によかった。6年という時間の長さ、癒えぬ心の傷、今後も続くのであろう偏見や差別、隣人や住人間の震災感情の差違、挙げるときりがないほど福島は世間に露呈していない諸問題を抱えている。しかも解決が難しく険しい。語り部の方、職場の方々に共通して感じられた感情として、やはり悔しさがあるように思えた。地震、津波、原発の爆発、確かに誰のせいにもできない。苦汁を吸わされた上に、現状が正しく世間に伝わらない、復興感情にも温度差がある。誰にぶつければいいのか分からない怒りを自分にぶつけ苦しんでいる方々も大勢いる。あの日以来、生活ががらりと変わり大変な苦労をされてきたと思うが、職場をはじめ出逢った方々は温かく、明るかった。胸の内に複雑な思いを抱えながらも前を向き、 我々のようなよそ者を受け入れ、再会を楽しみに送り出してくれた。会津福島の誇り高い魂が、約150年前の戊辰戦争を経ても消えなかったように必ず復興の火は受け継がれていくと思う。また、そう願わずにはいられない。一番怖いと思うのは震災の記憶の風化だ。幸運か否か、今回の大災害は映像という形で様々記録された。しかしメディアで流すにも限界がある。実際に足を運び見て聞いた映像は衝撃的でリアルで、重く心にこれからも留り続けていくように思える。

 今回のワーキングホリデイで改めて、東北人は強い、会津人は強いと思った。実際に感じ、学んだことを友人や若い世代、震災を正しく理解しきれていない世代にも自分なりに伝えることが復興支援になると信じると同時に、今回の貴重な経験に深く感謝の意を表したいと思う。

青森県在住 女性


ふくしまふるさとワーキングホリデー事業の参加と体験談のたくさんの応募、ありがとうございました。