被災地を見て、
語り部の体験を聞くことで、
「ふくしまの今」を知る
イベントに

語り部と行く、
ふくしま復興学びのバスツアー

  • 実施エリア/南相馬市・浪江町・富岡町・三春町
  • 日時/平成29年2月28日(火)
  • 参加者数/ワーキングホリデー参加者9名
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語り部の話(バス車内他)

2011年3月11日午後2時46分に発生した東日本大震災。地震に伴う津波により、福島第1原子力発電所では電源を喪失しました。さらに、3月14日午前11時1分には3号機が爆発することで、放射能を周囲にまき散らしてしまったのです。ポーンという爆発の音を屋外で聞いたという、南相馬市にお住まいの語り部・高村美春さん。その時、被災地では何が起きていたのでしょう。

「今思えば、屋内退避とは『もう助けが来ない』ことを意味していたのです。換気扇をつけることもできず、ドアも窓も開けられない。食べ物は底をつく」ここから始まる壮絶な話に、参加者は身動きひとつせず聞き入っていました。


  • 子ども達を埼玉に避難させるとき、私は上の息子に通帳などを全て渡し、「私は介護施設を見捨てられないからここに残るね。私に何かあったら、あなたが弟の面倒を見るんだよ」と言いました。そう語るのは語り部の高村美春さん。

  • 車窓からあちらこちらに見えるのは、集約されて積まれた「フレコンバッグ」と呼ばれる除染廃棄物の袋。

①小高駅周辺

津波に襲われた小高駅ですが、2016年7月12日に原ノ町駅との間で運転が再開されました。復興が遅れている理由は、ここが避難区域だったからです。

「津波だけなら、みんなすぐここに戻れたんです。でも、原発から20キロ圏内の物は、放射線量が高く、ゴミひとつ持ち出せませんでした。去年までは、駅に止められた自転車もそのままだったんです」と説明しながら、語り部の高村さんの目からは一筋の涙が。小高駅周辺に、失われた生活や戻れない日常があることを知り、6年経っても消え失せない被災者の辛さが身につまされました。

  • 「昔はこんなに色んなものがあった小高区ですが、今戻って来ている住民はおよそ1,000人だけです。」
「津波は駅の向こう側からやってきました。私は高台から見ていましたが、この辺りはもう海水で真っ黒でしたよ」と語り部の高村美春さん。

②請戸小学校周辺

原発から約6キロ、請戸漁港のすぐ近く、海岸線から350メートルの場所に、児童数約80名の請戸小学校がありました。地震直後、彼らは1.5キロ離れた請戸城跡の高台に避難し、全員無事でした。この話は「請戸小学校の奇跡」として、今でも語り継がれています。

「津波が迫る中、いつもの高台へつながる道が通れませんでした。しかし、児童が『いつも遊んでいるから、僕が案内する』と言って道案内をしたのです。高台に着いて、先生が後ろを振り返ると、さっきまでいた場所は、すでに一面水の中でした」

震災後、住民の希望で作られた共同墓地から、小学校と高台を見渡しながら説明を受けると、参加者から「その後、どうなったんですか?」と質問が。「そのまま裏の6号線に出て、たまたま通りかかったダンプカーに救助されました。町役場が全員無事を確認したのは3〜4時間後だったのです」と浪江町の金山信一さん。

  • 「請戸小学校の奇跡」と呼ばれる請戸小学校舎。窓もドアもない1階から、津波の悲惨さが垣間見えます。
道が通行止めになっているばかりか、どの家も敷地内に入れないように鉄棒や鉄柵が設けられています。

③富岡駅周辺視察

富岡町を含む避難指示区域は、「他県と比べて2年は復興が遅れている」とも言われています。2013年3月に立ち入りが可能になると、再開に向けて工事が始まりました。駅は戻ってくる人々の行動拠点となる場所。JR常磐線は2019年度末までの全線開通を目指しています。

参加者の皆さんは、「東日本大震災から6年が過ぎたとは思えない状況に驚いた」「ここでは、過去の出来事ではないんですね」「早く人々が帰ってくるといいですね」と感想をもらしていました。


  • 除染廃棄物などを運ぶトラックが行き交う。

  • 2019年度末までのJR常磐線全線開通を目指して工事が進む富岡駅周辺。

③さくらモールとみおか

2017年4月1日に避難指示が解除され、住民が戻ってくる予定の富岡町。生活するには欠かせない店を再開させるべく、町が整備を進めており、複合商業施設「さくらモールとみおか」の一部店舗がプレオープンしています。そんな「さくらモールとみおか」で、地元の方々が作った昼食をいただくことに。

参加者はお互いに、今日見て来た被災地の感想を語り合っていました。より詳しい話を聞こうと、語り部の高村さんや富岡町の職員の方々に質問する参加者もおり、交流の場になったようです。


  • 住民の生活を支えることになる「さくらモールとみおか」。

  • ランチタイムにも感想を話し合う参加者。

④環境創造センター(コミュタン福島)

コミュタン福島は、環境回復・創造の“学びと発信”を目指して、2016年7月21日、環境創造センター 交流棟にオープンした施設です。館内には、東日本大震災から始まる原子力災害との闘いや記録、環境回復や環境創造を進めているふくしまの今の姿、放射線についての学びの場などが設けられています。目玉は、直径12.8メートルの球体の内側360度全てがスクリーンになっている「環境創造シアター」。

世界に2つしかない最新式スクリーンに映し出されるのは、放射線とは何かを解説した「放射線の話」と、福島の美しい自然や文化を映し出した「福島ルネッサンス」の2つの映像作品。参加者は福島の魅力を知ると同時に、映像の世界に入り込んだ気分が味わえる最新技術にも感動していました。


  • 爆発後の福島第1原子力発電所模型が見学者の涙を誘う。参加者から、「もう元には戻れない」というつぶやきが聞こえました。

  • 2011年3月12日から掲示されている新聞が、あの日の記憶をよみがえらせます。

  • 東日本大震災からの時間をカウントした時計と、熱心に話を聞く参加者達。

参加者コメント

  • (女性・神奈川県から参加)
    春休みにどこかに行きたいと思い、せっかくなら福島にと参加しました。地元の方と話していると、その心の優しさに癒されます。今日、イベントに参加して、バスから人が消えた町を目の当たりにすると、「本当に、震災があったんだな」と改めて思い、身につまされました。

  • (女性・東京都から参加)
    これまで福島に来る機会がなかったので、時間のある春休みがチャンスだと思い、「ふくしまふるさとワーキングホリデー」に参加しました。福島市内は店も多く、東京とあまり変わらないなと思っていたのですが、車で少し行くとまだ取り残されている被災地があったので驚いています。原発について改めて考えようと思いました。

  • (女性・東京都から参加)
    春休みにボランティアでもしようかなと思って探していたら、「ふくしまふるさとワーキングホリデー」を見つけました。6年前に被災した場所が、今どうなっているのか知りたくて参加したので、今日のイベントは本当に勉強になりました。テレビで見ていたイメージとはほど遠く、まだまだ復興されていない場所があることに驚いています。

  • (男性・東京都から参加)
    春休みに何かをやってみたかったのと、将来、金融系に就職したいと思っているので、福島銀行に応募しました。福島の人は優しく、買い物に出かけた店でお客さんに会ったら、話しかけてくれたのが嬉しかった。東京で感じていたイメージと、今日のイベントで見た被災地のギャップに驚きました。ここでは時が止まっているのですね。

  • (男性・神奈川県から参加)
    カメラを買ったので、地元だけではなく、さまざまな場所を撮影したくて、ワーキングホリデーに参加しました。参加することで、いろいろな人と話ができるのが楽しい。今日は、語り部の方が涙を流しながら話をしていたので、本当に辛い体験をされたのだなと思いました。同時に、そんな辛い体験を話していただけたのが、本当にありがたかった。これから、自分に何ができるのか、考えてみます。

  • (女性・東京都から参加)
    実は、私は福島県出身です。でも、東京に出て、福島の情報が入らなくなったので、「今」を知りたくて参加しました。今日、被災地を巡り、あまりにも知らないことが多くてショックでした。同時に、現状を知らない自分が恥ずかしいとさえ思っています。これからは福島の力になりたいし、同級生にも現状を見て欲しいと思いました。

  • (女性・大阪府から参加)
    一度、福島に来てみたいと思って参加しました。スーパーなどでチラシやティッシュを渡しても、みんな受け取ってくれるので、あたたかな土地柄だなと思っています。被災地を回って、あまりにも知らないことが多く、私は6年間何をしてきたんだろうと考えさせられました。自分も何か役に立つことをしたいと思います。

  • (女性・埼玉県から参加)
    何か新しいことにチャレンジしたくて、「ふくしまふるさとワーキングホリデー」に参加。福島銀行で働いて、地銀がいかに地域密着しているかを知り、勉強になりました。東日本大震災のとき、埼玉県もかなり揺れましたが、私たちは命の危険を感じることはありませんでした。それと比べて、被災地の壮絶さが分かりました。語り部に「本当に大切なこと」を教えていただいた気がします。

  • (男性・神奈川県から参加)
    東日本大震災以降、ずっと福島のボランティアに携わりたいと思っていたので、今回、このような形で来ました。6年経って元の生活に戻っているのかと思ったのに、未だに瓦礫の処理や除染をやっている現実を見て、震災以降のイメージが変わりました。

結びのひと言

  • 復興が進み、年々風景が変わっていくのです。その度に、「早く皆さんに見ていただかなくては」と思います。話を聞いてくれた方が何かを感じてくれたら嬉しい。

    語り部
    高村美春


  • ずっと浪江町にいると気づけないこともありますが、県外からいらした方と話をさせていただくと、改めて気づかされることがあります。

    福島県浪江町役場
    まちづくり整備課
    金山信一

  • 避難指示が解除され、2017年4月1日から住民の皆さんが戻ってくるのを境に、富岡町は新しく生まれ変わります。

    福島県富岡町役場
    復興推進課
    近藤政宣

  • 若い世代の方々に東日本大震災から6年が経過する「ふくしまの今」を知っていただく機会になればと、今回のイベントを企画しました。見たこと、聞いたことを、ぜひ、自分の言葉で周囲に伝えて欲しい。

    福島県 企画調整部
    地域振興課
    村松裕二